駄々をこねている

まだ帰りたくない。


特にやりたいこともないけど、でもまだ帰りたくない。
なんでそう思うのか。駄々をこねている。確かにそうだ。いい歳して。
まあ別にいいじゃないか。一人だし。誰かに連れられて来たんじゃないし。
スーパーのお菓子売り場で「買って買って」と大声で泣き叫んでいる子供みたいなことはしない。(あれ見てると微笑ましいなと思う。親御さんは大変だろうけど)

それはさておき。

なんなんだろうかこの感じは。さっき観た映画の世界観から抜け出せていないのか。非日常的な空間が名残惜しいのか。
きっとそうだ。
でもそれだけだろうか。他にもある気がする。

今日は仕事が休みだったから、気晴らしに一度観た映画をもう一度観に来てたんだけど…そうか。
“気晴らしに”って言うくらいだ。仕事でストレスが溜まっていたんだろう。仕事そのものへの不満とか苛立ちというよりは、それを含めた今の生活リズムというか、毎日の退屈な時間の流れに飽き飽きしているのかもしれない。

別に仕事辞めたいなあという話をここで書きたいわけじゃない。辞めたいとも思ってない…というと少し嘘になるかもしれない。今はこの話は置いておこう。


面白い映画を観た。
小説を夢中になって一気に読んでしまった。
毎週楽しみにしていたドラマが最終回を迎えた。
これらのあとにいつも味わうあの喪失感。そして現実に戻らされた感。さらにその現実が自分にとってつまらないと感じてしまう失望感。そんなことを偉そうに考えている自分にも腹が立つ。

せっかく楽しい時間を過ごして気分が良くなっているはずなのに、同時に自分のもう半分が不機嫌になっている。
どうしたらいいんだろう。


不機嫌を見て見ぬフリしていれば、そんなに落ち込むこともなかっただろうに。
余計気分が下がった気がしてきた。
まあいいか。



また暗い話になってしまった…

でも映画はめちゃくちゃ面白かったんですよ!!本当に!!

だからこそその反動が…

それだけその作品の世界が、キャラクターが大好きなんです。



結局何の映画を観たのかって?

アベンジャーズ/インフィニティ・ウォーです!!


今のところまだあともう一回は観に行く予定です。

ヒーロー映画最高!!


なんだか少し気分がよくなってきた(なんで?)



拙い文章でぐちぐちと失礼しました。


誰かに助けてもらえるのを待ってたらダメですよね。自分のことは自分で。





ではでは

レッドとブルー

子どもの頃

戦隊モノだと、レッドよりブルーが好きでした。


それがなぜなのか、綺麗な言葉を並べて分析するなら、渋くてカッコいい脇役感とか、冷静だけど時には熱くなるところとか、いざというときにレッドを支える裏のリーダーとか。いっぱい思い返せるところはある。

だけど、あえて汚い言葉のカードも山札から引っ張り出してくるなら、
いいやつなんだけど突っ走りがちなレッドに実はうんざりしていたり、自分だって頑張ってるのにレッドばかりもてはやされることに内心嫉妬していたり。そういう人間味のある部分、現実にいそうなキャラクター性に共感できるから、今となっては好きだったのかもしれない。応援したくなるし、自分を肯定してくれている気もして。

じゃあいつまでも影の立役者の姿だけ見続けたいのかというと、そうではなくて。

やっぱり時にはブルーが真ん中に立って、光の当たる部分に出てきて、周囲を巻き込む様子、自分を前面に出して行くところも見てみたいよなあ。
贅沢を言い過ぎですか?
わがまま過ぎますか?


小説やドラマ、映画、アニメにおいても、はじめから熱血漢でまっすぐな、心の中に不純物なんてこれっぽっちも混ざっていなさそうな、主人公らしい主人公もいいけど、“ブルー”な人間がだんだん“レッド”になっていく過程を描くストーリーも好きだなあ。
青色が完全な真っ赤になることはできない。でも紫色を経て、赤紫くらいまではなんとか、たどり着けるんじゃないかな。
そんな物語を見てみたいし、僕自身書いてみたいと思いました。








ブルーの憂鬱

憂鬱のブルー

blue in blue






別に落ち込んでないよ。
ではでは!

檸檬って漢字書けますか?

前回から1ヶ月あけてしまいました。


こんばんは

(わんばんこって逆にして言うとかわいい)


米津玄師さんの新曲『Lemon』のMVがyoutubeに上がってましたね。何回も聴いてます。この曲が主題歌に起用されたアンナチュラル面白いらしいですね。1話から観ておけばよかった。今からじゃなあ…




ところで、

米津さんの新曲とは別に関係ないんですけど、今日 れもん を漢字で書けるように練習していました。

なんでそんなことをしていたのか。

経緯としては、ネットの記事で写経がいいというのを読んで。

文章が上手くなる一つの方法論なのかな、素敵だなと思った文章や言葉を、読むだけじゃなくて写し、書くことで気づくこともある、といった内容だったはず。

これを真似してみようと思い、最近よく聴いている乃木坂46の『その女』という曲から

檸檬って漢字書ける人と絶対仲良くなれないし」

という歌詞をなんとなくふと思い出し、ノートに書き写してみました。

で、檸檬って読めるけど書けないなと思ったわけです。


そしてこの歌詞を前後含めて書き写したあと、檸檬って漢字だけ何も見ずに書けるように練習しました。

たぶん覚えられたはず。数日後まだ覚えてたら合格。


もう一つ、溢れる という字も練習しました。

これも読めるけど書くとなると意外とできない漢字の一つです。僕にとっては。

あとは 

挟  と  狭 

って時々どっちがどっちかわからなくなります。

挟む

狭い

ですよね。



こうして漢字の練習と、その他の文章の写経をいくつか試してみて、ペンで紙に書くという行為がそもそも久々だなと気づきました。


いつもはスマホの画面に指を叩きつけたら勝手に文字が次から次へと出現して、ありがたみを感じないというか。

紙にペンで文字を書くという行為はそれなりの文字数だとけっこうしんどいことなんだなと。


だから、ペンを握ってノートに文字を書くことにそれとなく心地よさを感じました。それとなく。


よし。じゃあ毎日ノートに日記を書くぞ! みたいにルール化すると続かないのが僕の性格なので、またこの心地よさに触れたくなったらペンを握りたいと思います。でもあんまり日をあけすぎずに。


文量についても、いきなり小説一冊まるまる写経するぞ!となるとしんどいし挫折するのが目に見えているので、今日みたいに好きな曲の歌詞や、ブログやエッセイの一文から始めて徐々に慣らしていきたいですね。





今月は金欠だし、あんまり外出ばかりするとお金使っちゃうから、たまにはこんな休日の過ごし方も悪くないですね。



寒さが過ぎ去ってもうじき暖かくなろうというときに、こうして家に篭っております。でもいいよね。充実してたもん。






そんなこんなで今日は、パソコンの操作でうまくいかずイライラした以外は、穏やかに過ごせた一日でした。






ではでは!




ズボラになっている

久々の更新になってしまいました。


仕事はなんとか頑張っていますが、それ以外の部分がズボラになっている気がしています。

たとえばこのブログもそうですし、noteの方も最近投稿していません。ネタがないわけではないので近々何か書きたい。


もっと生活感のある部分から挙げると、夜寝る前歯を磨くのを忘れたり。脱いだ服を「またすぐ着るから」とその辺に置きっ放しにしていたり。

不潔ですいません。


不潔だからよくない というのもそうなんだけど、毎日の一連のリズムの中で些細なことを面倒臭がってテキトウにしてしまうと、心がどんどん荒むんじゃないかなと先日気づきました。


なので、まだ全部ではないですが改善していってます。


最初に改善したのが歯磨き。

風呂から出て、一度部屋に戻るとダラダラしてしまうので、風呂に入ってシャワーを浴びながら歯を磨くようにしてみました。今のところ、この作戦はうまくいってます。


服もちゃんとハンガーにかけるようになりました。そうじゃないときもあるけど。


当たり前のことすぎて、これしきのことでドヤ顔するなと言われそうですが、僕にとってはこんな些細なことも習慣化するのが難しかったんです。



そんなだからブログの更新も不定期なんだろ!と心の中でもう一人の自分が申しておりますが、全くその通り。

でも、はじめの方の記事で、不定期更新になる旨は書いたのでセーフ!とこれまたもう一人の自分が開き直っております。

僕の性格上、毎日更新とか頻度決めて行うのは向いていない。ルールを細かく決めるとできないんですよね。

仕事のときはそんなことないですよ!?

たぶん…笑





そんなこんなでズボラになったりならなかったり。なんとかやっているうちに1月は終わってしまいましたね。

スロースタート感はありますが、そのぶん2月は少しペースアップしてみてもいいかな。まあ自分を急かすことはしないでおきます。

着実にいきましょう。少しずつギアをあげていってね。








今回はこの辺で。


ではでは!


辞めるということ

ひそかに応援していたアイドルが今年いっぱいで卒業する。


一年前の自分からすると考えられなかった。元々オタク気質ではあったけど、映画や漫画、アニメばかりで特定の芸能人やタレント、アイドルに熱中することはあまりなかった。


きっかけは何かの雑誌で目にして、綺麗な人だなと。(それは同じグループの別の人だけど)

それ以来、出演しているTV番組を観たりラジオを聴くようになり。そのうちの一つに、欠かさず聴くようになったラジオ番組があった。そしていつの間にか、その子の推しになっていた。

その番組に出ていた子が今回卒業することになったのだけど、最後の出演回は泣いてしまった。その放送があったのは一ヶ月ほど前だけど、今もまだそのときの感情を引きずっている。



と、ここまでは2017年のうちに書いていたけど、下書きとして置いておいたら年を越してしまった…


まあ、それは仕方ないとして。

その子が最後に更新したブログを読み返すと何度でも励まされる。

何かに真剣に取り組む姿勢がかっこいい。自分のしてきたことに後悔がない。と言い切る強さ。

逞しいなあと思います。

僕には計り知れないほど、いろんなことを考えて考え抜いて別の道に進むことを決断したんだろうな。


"辞める"という言葉の印象って一見ネガティヴなものだけど、しっかりその後の展望があって、自分の選択に後悔がなく、その決意が固ければ、むしろポジティブなことでもあるんだなと教えてもらいました。



僕自身、仕事のことでここ数ヶ月ずっと悩んでいて、心にモヤモヤが溜まっていて。視野も狭くなっていたし、何か考えごとしていても感情的になりがちで。

感情的になることも時には必要だとは個人的に思います。でも、理性的になるべき時と、しっかり切り替えができなきゃ。


理性的になったり、感情的になったりを繰り返しながら、尊敬する人たちの言葉に背中を押してもらって。でもその背中を単に追うんじゃなくて、その人に恥じないように日々を過ごせたら…ではなく過ごしていきます。僕の決意です。

言葉にすることで自分の気持ちをそちらの方向へ持っていきたい。




あなたのおかげで、僕もまだ頑張れそうです。





新年はじめのブログはこの辺で。


ではでは!


考えことしていたつもりが…?

いつの間にか、

ただ自分を卑下したり、責めるだけになっていることがある。

これはよくないなとようやく気がつきました。


せっかく頭の中こねくり回して、考えをまとめようとしている時に、自分を責めたり感情的についなってしまう。

そうすると、頭の中を整理していたつもりが、いつの間にか自分に対しての不満を、その感想を述べているだけの状態に陥ってしまう。

これが癖になっていると、そこで結論が出なくなってしまう。考えをまとめたいのに、次の段階に進めなくなってしまう。


今まではそれを繰り返していたけど、(たぶん今後もやってしまうだろうけど)一旦気づくことができたので、

これからは考えごとしている途中に感情に振り回されそうになったら、一歩下がって冷静に見つめ直せそうです。










久々の更新でした。







ではでは!


浅く広くはダメなこと?

時々自問してしまいます。

一つのことにのめり込む人が、その道で段々と才能を開花させて、何か大きい事業を興したり、有名になったりする。

こういうサクセスストーリーはよく耳にする話ですし、それを描いた自伝書なんかも売られています。



罪悪感を感じるんですよね。

劣等感もありますし。

仕事においても浅く広くそれなりにこなすことはできても、一つの分野で集中的にレベルアップすることを目指さない。

趣味においてだって、浅く広く色々なものに手を出す。深くのめり込んでも一時的で飽きっぽい。


これはイケナイことなんだと、つい最近まで思っていました。(思うだけで改善しようともしてませんでしたけど)


でも最近気づきました。

“浅く広く” を極めるのもアリなんじゃないかな。

これが世間的に正解かどうかはわかりません。





それでも

自分の欠点だと思い込んでいたものを長所に置き換える、一つの個性として捉えられるようになれば、

また一歩、大人になったと自負してもいいかもしれませんね。






自分の背中を押してあげたい。











今回はこのへんで。


ではでは!